「模試では偏差値60に届いているのに、志望校の過去問を解かせたら半分も取れなかった」──6年生の夏から秋にかけて、こういう相談が急増する。
保護者は焦る。塾の宿題はこなしている。苦手単元も一応つぶした。なのになぜ?
結論から言えば、「まんべんなく全範囲をやっている」こと自体が、伸び悩みの構造的原因であるケースが非常に多い。
模試の偏差値と入試の得点が一致しない理由
模試は受験者全体の中での相対位置を測る道具であり、出題は「平均的な出題パターン」で設計されている。一方、各中学校の入試問題は学校ごとに明確な個性を持つ。記述比重の高い学校、算数のスピード処理を要求する学校、理科の実験考察に大きく配点する学校──出題形式のバリエーションは驚くほど広い。
実際、記述中心の出題をする学校では、模試偏差値で5ポイント上回っていても不合格になるケースが少なくない。逆に、特定の形式で力を発揮できる子が、偏差値では届かない学校に合格することもある。
偏差値表ではなく過去問との相性で見ると、合否の風景はまったく違って見える。
「全範囲まんべんなく」が危険な理由
中学受験の学習範囲は膨大だ。算数だけでも「数の性質」「速さ」「割合」「場合の数」「平面図形」「立体図形」「文章題」と大きな柱がいくつもあり、さらにそれぞれが細分化される。
6年生の夏前まではこれらを一通り学ぶ必要がある。しかし夏以降も同じ配分で学習を続ける子は、限られた時間を「志望校で出ない単元」に分散投下していることになる。
私が18年の講師生活と独立後のコンサルで見てきた1500家庭以上のデータでは、6年生秋に成績が伸び悩む子の約7割が、「塾のカリキュラムをそのまま均等にこなしている」パターンに当てはまった。
なぜ均等学習が悪手になるのか
- 時間の有限性:入試まで残り5カ月で「全範囲を完璧に」は物理的に不可能
- 出題の偏り:多くの学校は過去5年分を見れば「頻出単元」と「ほぼ出ない単元」がはっきりわかる
- 得点効率の差:志望校で配点の高い分野に時間を集中させた方が、合格最低点を超える確率は格段に上がる
出題傾向から逆算する「単元の優先順位づけ」3ステップ
ステップ1:過去問5年分の出題マップを作る
過去問を「解く」前に、まず「分析する」フェーズを設ける。これは親の仕事だ。
具体的には、過去5年分の入試問題について以下を一覧表にする。
- 大問ごとの出題単元
- 配点(公開されていれば)または推定配点
- 問題形式(選択肢・記述・作図・計算過程を書かせる等)
この作業にかかる時間は1校あたり2〜3時間程度。親が動く範囲を最初に決めることで、分析を効率的に回せる。なお、解く必要はない。見て分類するだけでいい。
Excelやスプレッドシートで作っておけば、後で子ども自身が「この学校はこういう傾向がある」と視覚的に把握できる。
ステップ2:頻出単元と子どもの得意・不得意を重ねる
出題マップができたら、子どもの現在の得意・不得意と重ねる。このとき見るべきは模試の偏差値ではなく、単元別の正答率だ。
分類は4象限で行う。
| 志望校で頻出 | 志望校で稀 | |
|---|---|---|
| 得意 | 維持(週1確認) | 最低限のみ |
| 苦手 | 最優先で強化 | 思い切って後回し |
たとえばある学校の算数が「立体図形」と「速さの文章題」で毎年40%以上を占めていて、子どもが立体図形を苦手としているなら、そこが最優先の強化対象になる。逆に「場合の数」がほぼ��ない学校なら、塾で場合の数の演習に時間を割く意味は薄い。
朝5時に起きて過去問の出題���向表と向き合っていると、学校ごとの「癖」が見えてくる。算数のスピード型か思考型か、理科は知識重視か考察重視か。これが見えた家庭とそうでない家庭とでは、残り5カ月の学習効率に決定的な差がつく。
ステップ3:塾と「削減の相談」をする
優先順位が決まったら、次は塾との対話だ。多くの親がここで躊躇するが、塾のカリキュラムは「最大公約数」であって、特定の志望校に最適化されたものではない。
相談のポイントは3つ。
- 「やらない」ではなく「優先度を下げる」と伝える──完全に捨てるのではなく、演習量を減らす交渉にする
- 出題マップを持参する──データに基づいた提案をすれば、講師も対応しやすい
- 月1でリセットする──志望校が変わる可能性もあるし、子どもの得意不得意も変動する。固定しすぎない
SAPIXなら家庭主導で教材の取捨選択ができる余地が大きい。日能研はカリキュラムがしっかりしている分、講師に相談して「この単元は宿題を半分にする」などの調整が現実的だ。四谷大塚・早稲アカは予習シリーズのどの問題を省略するか、家庭で判断するスキルが求められる。
実例:出題傾向の分析で「勉強しない単元」を決めた家庭の結果
以前コンサルで担当した6年生の男子。偏差値は58前後で安定していたが、第一志望校(偏差値60)の過去問を解くと合格最低点に20点以上届かなかった。
出題マップを作ると、この学校の算数は「論述形式で途中式を評価する」タイプで、制限時間も比較的長い。一方、模試で得点を稼いでいたのはスピード型の計算処理だった。
そこで「速さの一行問題」の演習を減らし、代わりに「立式の根拠を書く練習」に振り替えた。社会も一問一答型の暗記時間を削り、記述対策に充てた。結果、11月の段階で過去問の得点率が合格最低点を超え、本番でも合格。
このケースのポイントは、偏差値を上げようとしたのではなく、志望校で点を取る力を伸ばしたことだ。マラソンで言えば、全体のタイムを縮めようとするのではなく、コースの起伏に合わせたペース配分を設計したようなもの。レースの特性を知らずに走れば、どんなに脚力があっても結果は出にくい。
「まんべんなく」から抜け出すタイミング
6年生の夏前(5〜6月)が最初の切り替えポイントだ。この時期に出題マップの作成を始め、夏期講習の選択講座を「志望校の頻出分野」に寄せる判断をする。
遅くとも9月には過去問演習が始まる。そのとき初めて傾向を分析するのでは遅い。過去問を「解く」のは9月からでいい。しかし過去問を「分析する」のは今──5月・6月から親が動くべきフェーズだ。
志望校選定の段階で勝負は決まっている、とよく言うが、正確には「志望校の傾向を把握し、学習配分を最適化する設計力」で勝負は決まる。選んだ後の戦略がなければ、どんな良い選択も活きない。
親がやるべきこと・やらないほうがいいこと
やるべきこと
- 過去問の出題傾向マップを作成する(子どもが解く前に)
- 塾の先生と「優先順位の相談」をする(データを持って)
- 月に一度、優先順位を見直す時間を確保する
やらないほうがいいこと
- 「この単元は捨てなさい」と子どもに直接言う(モチベーションが下がる)
- 塾の宿題を全部カットする(基本の漏れが生じる)
- 他の家庭の優先順位をそのまま真似する(志望校も子の特性も違う)
よくある質問(FAQ)
Q1. 過去問の傾向分析は親がやるべきですか?塾に任せられませんか?
塾は集団指導のカリキュラムを回すことが主務であり、生徒一人ひとりの志望校に完全最適化した学習配分の提案までは手が回らないのが現実です。個別指導併用や家庭教師なら一部委託できますが、最低でも「どの単元が何回出ているか」のカウントは親が行い、主導権を持つことをおすすめします。
Q2. 併願校が複数ある場合、どの学校に合わせて優先順位をつけるべきですか?
第一志望校を軸に設計してください。併願校は過去問を解く際に傾向を確認しますが、学習配分の最適化は第一志望に合わせるのが原則です。もし第一志望と併願校の出題傾向が大きく違う場合は、志望校の組み合わせ自体を再検討したほうがよいでしょう。
Q3. 「捨てた単元」が本番で出たらどうしますか?
「捨てる」ではなく「優先度を下げる」と考えてください。基礎レベルは維持し、応用演習の量を減らすだけです。仮に本番で出題されても基本問題は解ける状態を保ちます。また、合格最低点を超えることが目標であり、満点を目指す必要はありません。頻出分野で確実に得点することの方が、稀出分野の完璧を期すより遥かに効率的です。
Q4. この方法は偏差値帯に関係なく有効ですか?
偏差値50〜65帯で特に効果が高いです。最難関(偏差値68以上)は出題範囲が広く、基本的に全分野の高い完成度が求められるため、単元の取捨選択よりも全体の底上げが優先されます。一方、偏差値50〜65帯は学校ごとの出題の「癖」が明確で、傾向対策の効果が出やすい層です。
参考文献
- 中学受験ナビ「過去問の解き方──いつから始めて、どのような順番で、何年分解く?」(マイナビ家庭教師、2025年)
- 栄光ゼミナール「中学受験における偏差値の正しい活用法」(栄光ゼミナール公式サイト、2025年)
- ダイヤモンド・オンライン「模試の志望校判定を見誤らないために知っておきたいこと」(『中学受験 大逆転の志望校選びと過去問対策』より、2025年)





