5月の模試結果が返ってきて、偏差値が前回より3〜5ポイント下がっていた──。この時期、保護者の方から「急に偏差値が落ちた」「このまま下がり続けるのでは」という相談が集中する。
結論から言う。5月の偏差値の変動だけを見て焦るのは、判断材料が足りていない。偏差値は「ある集団の中での相対位置」を示す数字にすぎない。その集団自体が変われば、お子さんの実力がまったく変わっていなくても数字は動く。
私は四大進学塾で18年間講師を務め、独立後も年間200家庭以上のコンサルを行ってきた。毎年5月に同じ相談を受けるたびに伝えていることがある。偏差値表ではなく、模試の「裏側にある3つの数字」を見てほしい、と。
なぜ5月の偏差値は「下がりやすい」のか
まず前提として、5月の模試には構造的に偏差値が変動しやすい理由がある。
4月から5月にかけて、それまで模試を受けていなかった層──特に家庭学習中心で塾の公開模試を初めて受ける子や、春期講習をきっかけに受験勉強を本格化させた子──が一定数参入してくる。2026年度の首都圏模試センターのデータでも、春から初夏にかけて受験者数の増減が生じることが報告されている。
母集団が変われば偏差値は変わる。同じ点数を取っても、前回と今回で偏差値が3ポイント違うことは珍しくない。つまり「偏差値が下がった=学力が下がった」とは限らない。ここを理解せずに慌てると、不要な課題の上乗せや志望校の変更など、かえって逆効果の判断をしてしまう。
偏差値の代わりに見るべき「3つの数字」
数字1:正答率50%以上の問題の得点率
模試の成績表には、各問題の正答率が記載されている。まず確認すべきは「受験者の半数以上が正解した問題を、お子さんが取れているかどうか」だ。
正答率50%以上の問題をすべて正解していれば、偏差値はおおむね55〜58前後に収まる。ここで取りこぼしがある場合、それはケアレスミスか基礎の穴かを切り分ける必要がある。偏差値の数字より、「みんなが解ける問題を落としていないか」のほうが合否に直結する。
私は毎朝5時に起きて過去問や模試データの分析をしているが、合格者と不合格者の差がもっとも顕著に出るのが、この「正答率50%以上問題の得点率」だ。上位校でも、合否を分けるのは難問ではなく「取るべき問題を確実に取っているか」にある。
数字2:科目別の偏差値バランス(4科の凸凹)
総合偏差値が同じ58でも、「算数65・国語52・理科58・社会55」の子と「算数57・国語58・理科59・社会58」の子では、志望校との相性がまったく異なる。
志望校選定の段階で勝負は決まっている。だからこそ、5月の時点で科目別のバランスを把握しておくことが重要だ。志望校の科目別配点と出題形式を調べ、お子さんの得意科目が活きる学校かどうかを照合する。この作業を夏前にやっておくかどうかで、夏以降の学習効率は大きく変わる。
以前、偏差値58前後で安定していた6年生男子のコンサルを担当したことがある。第一志望校(偏差値60)の過去問を解くと合格最低点に20点以上届かなかった。模試ではスピード型の計算処理で得点を稼いでいたが、志望校の算数は途中式を評価する論述形式だった。過去問5年分の出題マップを作成し、頻出単元と得意不得意の4象限で優先順位を設定したところ、11月には過去問得点率が合格最低点を超え、本番でも合格した。模試の偏差値と入試の得点力は別物であり、出題形式の相性が合否を分ける──この事実を5月の段階で認識できるかどうかが分かれ目だ。
数字3:前回比の「素点」の推移
偏差値ではなく、素点(実際の得点)を時系列で追う。前回の模試と今回の模試で素点がどう変化したかを科目別に確認する。
素点が横ばいまたは上昇しているのに偏差値が下がっている場合、それは母集団の変化による相対的な変動であり、お子さんの実力は維持・向上している。逆に素点自体が下がっている場合は、学習内容の定着に課題がある可能性がある。
素点の推移は「お子さん自身の成長曲線」を示す。偏差値は「集団の中の位置」を示す。この2つを混同しないことが、5月の模試結果を正しく読む第一歩だ。
5月にやるべきこと・やってはいけないこと
やるべきこと:志望校の「出題傾向マップ」を作る
5月から6月は、志望校候補の過去問を「解く」のではなく「分析する」フェーズだ。科目別の配点比重、頻出単元、出題形式(記述か選択か、スピード型か論述型か)を一覧化する。この作業は親が主導して構わない。
出題傾向マップがあれば、模試の科目別得点と照合して「この志望校に受かるために、夏にどの単元を重点的にやるか」が明確になる。親が動く範囲を最初に決める。出題マップ作成は「親の仕事」、実際の演習は「子どもと塾の仕事」──この線引きが夏以降の効率を左右する。
やってはいけないこと:偏差値を理由に志望校を変える
5月の偏差値1回の結果で志望校を上げることも下げることも、どちらも早計だ。最低でも6月・7月の模試結果を含めた3回分の推移を見てから判断すべきだ。
特に危険なのは「偏差値が上がったから、もっと上の学校を狙おう」というパターンだ。5月の偏差値上昇も母集団変化の影響を受けている可能性があり、根拠の薄い上方修正は秋以降の失速につながりやすい。
まとめ:偏差値は「温度計」、志望校選定は「処方箋」
模試の偏差値は体温計のようなものだ。「今、だいたいこのあたりにいる」という目安にはなるが、それだけで治療方針は決められない。処方箋を書くためには、正答率別の得点パターン、科目別のバランス、素点の推移という「検査結果」が必要だ。
5月の段階でこの3つの数字を冷静に分析できている家庭は、夏以降の学習戦略がブレない。偏差値に振り回されず、志望校との相性を軸に判断してほしい。
よくある質問(FAQ)
Q1. 5月の模試で偏差値が5ポイント下がりました。塾を変えるべきですか?
A. 1回の偏差値変動だけで塾を変える判断は早計です。まず素点が下がっているのか、母集団の変化による相対的な変動なのかを確認してください。素点が維持されているなら実力は落ちていません。塾の変更を検討するのは、3回以上の模試で継続的に素点が低下し、かつ塾側に改善を相談しても変化がない場合です。
Q2. 正答率別の得点分析は、どの模試でもできますか?
A. 四大模試(SAPIX、日能研、四谷大塚、首都圏模試)はいずれも問題ごとの正答率を公開しています。成績表の「正答率」欄を確認し、50%以上の問題での失点を洗い出してください。塾によっては正答率別の得点率を自動算出してくれるものもあります。
Q3. 出題傾向マップはいつから作り始めるのが理想ですか?
A. 5月〜6月がベストです。過去問を実際に解くのは9月以降で構いませんが、出題傾向の分析は夏前に終わらせておくと、夏期講習の科目・単元選択に活かせます。過去問3〜5年分の出題単元と配点を一覧にするだけでも十分です。
Q4. 偏差値が志望校に届いていない場合、5月から過去問を解かせるべきですか?
A. 5月に過去問を「解く」必要はありません。この時期は過去問を「分析する」フェーズです。出題形式と科目別配点を確認し、お子さんの得意分野と照合する作業を親が行ってください。実際に解くのは基礎固めが進んだ9月以降が効果的です。
参考文献
- 首都圏模試センター(ONETES)「2026年度中学入試 予想偏差値一覧」(2025年3月公開)
- 栄光ゼミナール「中学受験における偏差値の正しい活用法」
- 個別指導Palette「2026年度中学入試の全体像──模試データ・入試制度・志望校傾向を解説」(2025年11月公開)
- ベネッセ教育情報サイト「偏差値が下がった=学力が低下したではない?保護者が知っておきたい入試直前対策」




