「プログラミングの授業、学校でやっているの?」と子どもに聞いたら「うーん、1回だけScratchで何か動かした」。こんな声を保護者から聞くことが増えています。2020年度に小学校で必修化されたプログラミング教育ですが、必修化から6年が経った今、学校によって取り組みの質と量に大きな差が生まれているのが実態です。
文科省の発表を読み解くと、この格差は「学校の怠慢」ではなく、制度設計そのものに構造的な原因があることが見えてきます。今回は、学習指導要領の原典と文科省の調査データを突き合わせながら、プログラミング教育の学校間格差が生まれるメカニズムと、家庭でできる具体的なサポートを整理します。
そもそも学習指導要領は「プログラミング」に何を求めているのか
まず押さえたいのは、小学校の学習指導要領には「プログラミング」という教科は存在しないという事実です。学習指導要領の本文には、プログラミング教育の目的は「プログラミング的思考」──つまり「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」を育むことだと書かれています。
つまり、コーディング(プログラムを書く技術)を教えることが目的ではありません。しかし、くもん出版が実施した保護者調査では、約4割の保護者が「プログラミングという教科を学ぶ」と誤解していました。この認識のズレが、学校の取り組みへの不安や過度な期待を生む一因になっています。
データで見る「学校間格差」の実態
文科省が全国の公立小学校1,235校を対象に実施した「令和4年度 公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況」調査から、具体的な数字を見てみましょう。
| 項目 | 5年生 | 6年生 |
|---|---|---|
| プログラミング学習の平均実施時数 | 5.8時間/年 | 6.7時間/年 |
| 年10回以上実施している学校 | 17.7% | 21.5% |
| 年1回も実施していない学校 | 4.8% | 1.5% |
年間6〜7時間の平均値だけ見ると「まあそんなものか」と思えますが、問題は分布の広さです。年10回以上しっかり取り組む学校がある一方で、5年生の約20校に1校は1回も実施していない。この差は、子どもの学びの機会に直結します。
格差が生まれる3つの構造的原因
原因1:「何を、どの教科で教えるか」が学校裁量
学習指導要領は「算数の正多角形の作図」「理科の電気の性質」など、いくつかの例示はしていますが、具体的な指導内容や時数の配分は各学校の判断に委ねています。この「自由度の高さ」は、裏を返せば「何をどこまでやるかが学校によって異なる」ことを意味します。
原因2:教員の指導力の差
ICT活用指導力に関する研修を受講した教員の割合は全国平均で73%ですが、都道府県別では59%〜95%と大きなばらつきがあります。また、プログラミング教育の必修化により教員の約9割が「負担が増えた」と回答しており(「やや負担が増えた」54.8%+「大きく負担が増えた」32.7%)、教員が自信を持って指導できる環境が整っていないことがわかります。
原因3:ICT環境の地域差
GIGAスクール構想で1人1台端末は行き渡りましたが、ネットワーク回線の速度、端末の管理体制、使えるソフトウェアの種類は自治体ごとに異なります。端末があっても「学校のWi-Fiが遅くてScratchが動かない」という現場の声は、令和6年度の教科書改訂後も聞こえてきます。
私が出版社時代に教育白書の取材を続ける中で気づいたのは、教育格差の多くは「制度の欠陥」よりも「制度の運用ばらつき」から生まれるということです。プログラミング教育もまさにこの構造で、制度としては動いているが現場での実装に大きな差がある。探究学習の学校間格差と同じ構造的課題が、ここにも表れています。
次期学習指導要領で何が変わるのか
2026年度内に告示が予定されている次期学習指導要領では、この課題に対する大きな転換が議論されています。具体的には、小学校の「総合的な学習の時間」の中に情報に関する領域を新設し、プログラミング教育の学習内容を明確化する方針です。
大学側の意図はこういう構造です。2025年度の大学入学共通テストから「情報I」が新設され、プログラミングに関する問題が出題されるようになりました。高校で「情報I」を学び、大学入試で問われる以上、小・中学校段階での情報教育の土台を固める必要がある──つまり「出口」から逆算した制度設計が進んでいるのです。
中学校でも現行の「技術・家庭科」を「技術」と「家庭」の2教科に分け、技術の全領域に情報教育を盛り込む方針が示されています。2030年度以降の順次実施に向けて、小学校から高校までの情報教育の一貫した体系が形作られつつあります。
家庭でできる4つのサポート
「学校に任せておけば安心」とは言い切れない現状で、家庭でできることを4つに整理しました。いずれも、コーディングの知識は必要ありません。
サポート1:「順番に考える」習慣を日常会話に組み込む
プログラミング的思考の本質は「手順を分解して順序立てる力」です。料理の手順を一緒に考える、旅行の計画を子どもに任せるなど、日常の中で「まず何をして、次に何をする?」という問いかけを意識するだけで、論理的思考の土台は育ちます。
サポート2:Scratchやビスケットで「作る体験」を親子で共有する
文科省が推奨する教材の中でも、Scratch(MITメディアラボ開発)とViscuit(ビスケット)は無料で使えます。大切なのは「正しいプログラムを書く」ことではなく、「思った通りに動かなかったとき、どこを直せばいいか考えるプロセス」を一緒に楽しむこと。親が「すごいね」と結果を評価するより、「どうやって考えたの?」とプロセスを聞く声かけが効果的です。
サポート3:学校の取り組み状況を年度初めに確認する
4月の学級懇談会や学校公開の機会に、「今年度のプログラミング教育はどの教科で、どのくらいの時間実施する予定ですか」と聞いてみてください。この質問自体が、学校に対する建設的なフィードバックになります。保護者が関心を持っていることが伝わるだけで、学校の取り組み姿勢が変わるケースは少なくありません。
サポート4:「プログラミング=将来の仕事」と限定しない
プログラミング教育の議論では「IT人材の育成」が前面に出がちですが、学習指導要領が目指しているのは「論理的に考える力」の育成です。プログラマーにならなくても、問題を分解し、手順を考え、試行錯誤する力はあらゆる場面で役立ちます。「将来プログラマーになるための勉強」ではなく「考え方の練習」として位置づけると、親も子もプレッシャーから解放されます。
よくある質問(FAQ)
Q1. プログラミング教育は中学受験に影響しますか?
現時点で、プログラミングそのものが中学入試の出題科目になっている学校はごく少数です。ただし、算数の論理的思考力や理科の実験設計力は、プログラミング的思考と重なる部分が多く、間接的に入試対策にもつながります。
Q2. プログラミング教室に通わせるべきですか?
学校の授業を補完する目的であれば検討の価値はありますが、必須ではありません。家庭でScratchなどの無料教材に触れる機会を作るだけでも十分です。教室を選ぶ場合は、「コードを書かせること」ではなく「考えるプロセスを重視しているか」を判断基準にしましょう。
Q3. 親がプログラミングを知らなくても大丈夫ですか?
大丈夫です。小学校のプログラミング教育は、専門的なコーディング知識を前提としていません。親に求められるのは「一緒に考える姿勢」と「試行錯誤を見守る忍耐」です。むしろ、親が知らないからこそ「一緒に調べてみよう」という対等な学びの場が生まれます。
Q4. 2025年から始まった共通テストの「情報I」は小学生の今から意識すべきですか?
小学生の段階で共通テストの出題内容を意識する必要はありません。ただし、「情報I」の必修化は、高校までに情報リテラシーの土台が求められる時代が来ていることの表れです。小学校のうちは「考え方」を育てることに集中し、中学以降に段階的に知識を積み上げる設計が合理的です。
Q5. 次期学習指導要領でプログラミング教育はどう変わりますか?
2026年度内に告示予定の次期学習指導要領では、総合的な学習の時間に情報領域を新設し、プログラミング教育の内容を明確化する方針が示されています。実施は2030年度以降ですが、「何を、どの教科で」教えるかが明示されることで、現在の学校間格差は縮小に向かうと期待されます。
まとめ
小学校のプログラミング教育は、「コードを書けるようになること」ではなく「論理的に考える力を育むこと」を目指す制度です。しかし、指導内容が学校裁量に委ねられている現行の仕組みでは、学校間の格差が避けられません。次期学習指導要領での情報領域新設は、この構造的課題に対する制度側の回答と言えるでしょう。
朝6時に起きて文科省のリリースを確認するのが日課の筆者ですが、次期指導要領の議論は教育課程部会でも特に注目度が高いテーマです。制度が変わるまでの間、家庭でできる4つのサポートを通じて、子どもの「考える力」の土台を静かに育てていただければと思います。
参考文献
- 文部科学省「小学校プログラミング教育の手引(第三版)」(令和2年2月)
- 文部科学省「令和4年度 公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況調査」
- 文部科学省「市町村教育委員会における小学校プログラミング教育に関する取組状況等調査」
- 文部科学省「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」
- くもん出版「小学校のプログラミング教育に関する保護者調査」(2021年)
- 共同通信「小学校の総合学習で情報領域新設 次期指導要領へ改定作業」(2026年)






