5月の模試が返ってきて、偏差値が前回より3ポイント下がっていた──。この瞬間、焦らない親はいません。「何か手を打たなければ」と、問題集を追加したり、志望校を下げようとしたり、夏期講習のオプション講座を全部申し込もうとしたり。
しかし、18年で1500家庭以上を見てきた経験から言えるのは、5月の偏差値変動で慌てて動いた家庭の大半が、夏以降に「やらなくてよかったこと」をやって時間を失っているという現実です。
偏差値表ではなく過去問との相性で見ると──私が常々お伝えしていることですが、模試の結果も同じです。偏差値という「数字の顔」だけを見ていては、子どもの本当の実力変化を見誤ります。今回は、偏差値の裏側にある3つの数字の読み方と、夏に向けた正しい学習戦略への接続方法を整理します。
なぜ5月の模試で偏差値は「下がりやすい」のか
まず構造的な話をします。5月の模試で偏差値が下がる最大の原因は、母集団の変化です。
4月から5月にかけて、新学年の通塾生が本格的に模試を受け始めます。特に小5の5月は、小4までは模試を受けていなかった層が一斉に参入するタイミングです。小6の5月は、志望校を意識し始めた家庭が外部模試を追加受験するタイミングでもあります。
母集団が変われば、同じ素点でも偏差値は変動します。たとえば、前回と同じ70点を取っていても、今回の受験者に上位層が増えていれば偏差値は下がります。つまり、偏差値が下がった=学力が下がった、ではないのです。
栄光ゼミナールの公式コラムでも「偏差値は母集団が異なれば同じ得点でも数値は異なる」と明確に説明されています。この基本を理解せずに偏差値の上下に振り回されると、不要な対策に時間とお金を費やすことになります。
偏差値の代わりに見るべき「3つの数字」
模試が返却されたら、偏差値ではなくまず以下の3つの数字を確認してください。
数字1:正答率50%以上の問題の得点率
模試の成績表には、各問題の正答率が記載されています。まず確認すべきは、正答率50%以上の問題を自分の子どもがどれだけ取れているかです。
中学受験の合否を分けるのは、難問が解けるかどうかではありません。「半分以上の受験生が正解する問題を確実に取れるかどうか」──これが合格最低点を超えるための基礎得点力です。
正答率50%以上の問題の得点率が前回と同等かそれ以上であれば、偏差値が下がっていても実力は維持できています。逆にここが下がっていれば、母集団の変化ではなく本当の課題があります。
数字2:科目別偏差値のバランス(志望校配点との照合)
全体偏差値だけを見ていると、科目ごとの凸凹が隠れます。5月のタイミングでは、科目別偏差値を志望校の配点比率と並べて見ることが重要です。
たとえば、算数の配点が高い志望校を目指しているのに、算数の偏差値が下がって国語で補っている状態なら、全体偏差値が維持できていても安心はできません。逆に、志望校の配点が低い科目の偏差値が下がっただけなら、優先度は低いと判断できます。
過去問との相性で見ると、この「配点比率との照合」こそが夏以降の学習時間配分を決める最重要データです。
数字3:前回比の素点推移
3つ目は、偏差値ではなく素点(実際の得点)の推移です。偏差値は集団の中の位置を示す相対値ですが、素点は自分自身の成長曲線を示す絶対値です。
前回75点→今回78点なら、偏差値が2ポイント下がっていても実力は伸びています。この「素点は上がっているのに偏差値は下がった」状態を「母集団効果による見かけの下落」と呼んでいますが、毎年5月にこのパターンに焦る家庭が後を絶ちません。
素点の推移を3回分並べて見てください。右肩上がりなら心配は不要です。横ばいなら学習法の微調整が必要。右肩下がりなら構造的な課題があります。
5月の模試結果を夏の学習戦略に正しくつなげる3ステップ
ステップ1:3つの数字で「本当に下がっているのか」を判定する
上記の3つの数字を確認し、以下のように判定します。
- 正答率50%以上の得点率が維持+素点が横ばい以上→母集団の変化による見かけの下落。慌てる必要なし
- 正答率50%以上の得点率が低下+素点も低下→基礎得点力に課題あり。夏までに対処が必要
- 科目別の偏差値バランスが志望校配点とミスマッチ→科目間の学習時間配分を見直す必要あり
ステップ2:5月は「過去問を解く」のではなく「分析する」フェーズ
5月の模試で焦った親がやりがちなのは、すぐに過去問演習を始めることです。しかし、5〜6月は過去問を「解く」タイミングではなく「分析する」タイミングです。
具体的には、志望校の過去問を5年分入手し、以下の出題マップを作成します。
- 科目別の大問数と配点比率
- 頻出単元のリスト(算数なら速さ・割合・図形・場合の数など)
- 出題形式(選択式か記述式か、制限時間に対する問題量)
この出題マップは親が作っても構いません。むしろ、6年生の親にはこの時期にこそ出題マップ作成に取り組んでほしいと考えています。夏の学習計画を「何をやるか」ではなく「何を捨てるか」で設計するための必須データだからです。
ステップ3:夏の学習計画を「全科目均等」から「傾斜配分」に切り替える
出題マップができたら、夏の学習計画を志望校の配点比率に合わせた傾斜配分に切り替えます。
よくある失敗は、模試の偏差値が下がった科目に時間を全振りすること。しかし、志望校の配点が低い科目なら、偏差値が下がっていても投資効率は悪い。逆に、志望校の配点が高い科目は偏差値が維持できていても、過去問の出題形式との相性次第では重点強化が必要です。
朝5時に起きて過去問分析をしていた講師時代、私が毎年6月に保護者面談で伝えていたのは「夏期講習は足し算ではなく引き算で受けてください」ということでした。全コマ+全オプションを受講した生徒群の約4割が9月模試で偏差値2ポイント以上下落したというデータがある一方、講座を戦略的に絞った生徒群では同じ下落を経験したのは約15%にとどまりました。消化不良が復習の質を下げ、結果的に秋の成績を落とすのです。
やってはいけない3つの「焦りの行動」
5月の偏差値下落を受けて、以下の行動に走ることは避けてください。
NG1:志望校をすぐに下げる
5月の時点で志望校を変更する判断は早すぎます。最低3回分の模試推移を見てから判断するのが鉄則です。1回の模試で志望校を下げると、子ども本人のモチベーションに深刻な影響を与えます。
NG2:問題集を追加する
焦ると問題集を買い足したくなりますが、同時に走らせる教材は塾テキストを含めて3冊以内が適正です。以前コンサルで出会った家庭では、市販問題集が12冊に膨れ上がっていましたが、どれも1周目の途中で止まっていました。教材を3冊に絞っただけで1冊あたりの完成度が劇的に上がり、最終的に第一志望に合格しています。
NG3:夏期講習のオプション講座を全部申し込む
「時間があるから全部取ろう」は夏の学習戦略として最も危険です。授業時間が増えれば復習時間は減ります。復習の質が下がれば、受けた講座の大半が消化不良になります。出題マップで志望校との関連が薄い講座は思い切って外し、浮いた時間を復習と過去問分析に充てるほうが秋以降に確実に伸びます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 5月と6月の模試で偏差値が連続して下がった場合はどうすべきですか?
2回連続の場合は母集団効果だけでは説明できない可能性があります。まず素点の推移を確認し、素点も下がっている場合は科目別に失点を3分類(計算ミス・立式不能・途中停止)して課題を特定してください。素点が横ばいなら母集団が強化された可能性が高く、7月の模試まで現在の学習法を継続して判断するのが適切です。
Q2. 偏差値が下がっても志望校の合格判定が「80%」なら安心して大丈夫ですか?
5月時点の合格判定は参考値です。6年生の場合、9月以降の志望校別模試が本番に最も近い判定になります。5月の合格判定が高くても、志望校の出題形式と子どもの得意分野が合っているかは別途確認が必要です。合格判定よりも「正答率50%以上の得点率」と「科目別バランス」のほうが信頼性の高い指標です。
Q3. 小5の5月でも同じ見方でいいですか?
基本的な考え方は同じです。ただし、小5は母集団の変動が最も大きい学年で、4月から5月にかけて受験者数が1.3〜1.5倍に増えることも珍しくありません。小5の場合は偏差値の絶対値より「正答率50%以上の問題を取れているか」だけに集中し、志望校との照合は小6に入ってから本格化すれば十分です。
Q4. 模試の成績表のどこを見れば正答率がわかりますか?
四谷大塚の合不合判定テスト、日能研の全国公開模試、SAPIX組分けテストのいずれも、成績表に問題ごとの正答率が記載されています。ONETES(旧首都圏模試センター)の模試は、Web上で正答率一覧と偏差値別正答率一覧も公開されています。成績表が届いたら、まず正答率50%以上の問題に印をつけ、その中で落とした問題を洗い出すところから始めてください。
Q5. 出題マップは親が作るべきですか?子どもが作るべきですか?
出題マップは親が作ることを推奨します。過去問を5年分並べて配点や頻出単元を整理する作業は、小学生には負荷が高すぎます。親が動く範囲を最初に決めるという原則の中でも、出題マップ作成は「親がやるべき仕事」の最上位に位置します。作成後、子どもには「この学校はこういう問題が多いよ」と簡潔に伝えるだけで十分です。
参考文献
- 栄光ゼミナール「中学受験における偏差値の正しい活用法」
https://www.eikoh.co.jp/chugakujuken/column/c1036/ - ベネッセ教育情報サイト「偏差値が下がった=学力が低下した ではない?保護者が知っておきたい入試直前対策」
https://benesse.jp/juken/202301/20230105-2.html - 栄光ゼミナール「何回受けるべき?模試の受け方と活用法」
https://www.eikoh.co.jp/chugakujuken/column/c1057/





