6月に入ると、各塾から夏期講習の案内が届き始める。毎年この時期、私のコンサルには同じ質問が集中する。「全コマ取らなくて大丈夫でしょうか?」「オプション講座も全部申し込むべきですか?」──結論から言えば、全コマ取ることが正解とは限らない。むしろ、全コマ取ったことで成績が下がるケースを、18年の講師時代に何度も見てきた。

なぜ「全部取る」が裏目に出るのか──3つの構造的理由

夏期講習を全コマ受講して成績が下がる子には、共通するパターンがある。

理由1:「消化不良」が復習の質を破壊する

夏期講習のテキスト量は通常授業の約2〜3倍になる。6年生のSAPIXでは、夏期講習だけで18日間・約100時間を超える授業が組まれる年もある。これに加えてオプション講座を全て取ると、授業を受ける時間は確保できても、復習する時間が物理的に消える

私が講師時代に見たデータでは、夏期講習で全コマ+全オプションを受講した生徒の約4割が、9月の模試で偏差値を2ポイント以上落としていた。一方、講座を戦略的に絞った生徒群では、同じ落ち幅を経験したのは約15%にとどまった。差を生んだのは「授業時間」ではなく「復習の質と量」だった。

理由2:苦手単元の克服と得意単元の維持を同時にやろうとする

夏期講習のカリキュラムは、既習範囲の総復習が基本設計になっている。つまり、得意な単元も苦手な単元も等しく扱われる。全コマを取ると、すでに定着している単元にも同じ時間を割くことになり、本来集中すべき苦手単元への投下時間が相対的に薄まる。

志望校選定の段階で勝負は決まっている、と私は繰り返し言っているが、夏の学習設計もまったく同じだ。志望校の出題傾向から逆算して「何を伸ばすか」を決め、そこに時間を集中投下する。全コマ受講は、この逆算を放棄することに等しい。

理由3:親の不安が「量=安心」の錯覚を生む

「周りが全部取っているから、うちも取らないと置いていかれる」──この不安は理解できる。しかし、実際に合否を分けるのは夏期講習のコマ数ではなく、夏の終わりに「志望校の過去問で何点取れるか」だ。コマ数を増やしても、過去問との相性が合わなければ意味がない。

塾別「削っていい講座」と「外せない講座」の見分け方

4大塾は夏期講習の設計思想がそれぞれ異なる。親が動く範囲を最初に決めるためにも、自分の子が通う塾の構造を理解しておくことが前提になる。

SAPIX──「復習主義」ゆえに本体は削りにくい

SAPIXの夏期講習は既習範囲の復習が軸で、本体講座は原則として全コマ受講が前提の設計になっている。削る余地があるのはオプション講座(SS特訓の前段階講座など)だ。判断基準は明快で、「志望校の出題形式に合致するか」を過去問で確認し、合致しなければ見送る。家庭での復習時間を確保するほうが優先度は高い。

日能研──「選択制」を最大限活用する

日能研は4塾の中で唯一、夏期講習の一部を選択制にしている学年・コースがある。すでに定着している単元のコマは思い切って外し、浮いた時間を苦手単元の自学に充てる戦略が取れる。定着度の判断基準は、模試の正答率50%以上の問題で8割以上取れているかどうか。取れていれば、その単元は「受けなくても大丈夫」と判断できる。

四谷大塚──「必修」が多いが家庭学習の配分で調整

四谷大塚は季節講習を必修と位置づけており、講座自体を削ることは難しい。さらに夏休み後半には8月特訓(10日間)も控えている。この塾では講座を削るのではなく、家庭学習の中で「やらない問題」を決めるアプローチが有効だ。テキストの全問を解く必要はない。基本問題(A問題)で8割取れていれば応用(B・C問題)に時間を振り、逆に基本が危うければ応用は捨てて基本の徹底に集中する。

早稲田アカデミー──「宿題の取捨選択」が生命線

早稲アカの夏期講習は宿題量が膨大になる傾向がある。全ての宿題をこなそうとすると睡眠時間が削られ、8月後半に体調を崩すケースを毎年見てきた。塾の担当講師に「うちの子の場合、最低限やるべき宿題はどれですか」と具体的に聞くこと。優秀な講師ほど、生徒ごとに優先順位を示してくれる。聞かなければ「全部やってください」としか言えないのが塾の立場だ。

「削る」ための3つの判断基準

講座やテキストを削る際、以下の3つの基準で判断すると迷いが減る。

基準1:志望校の過去問との相性で決める

以前、偏差値60に届いた6年生の家庭が、偏差値65の難関校を志望していたことがある。しかしその子の得意は理科の論述で、算数のスピード問題は苦手だった。志望校の算数は処理速度重視の配点だったため、夏に算数のスピード訓練講座を全て取るのではなく、論述比重の高い別の志望校に切り替え、理科の論述力を伸ばす講座に集中した。結果、第一志望に合格し、中学進学後も成績上位を維持した。

偏差値表ではなく過去問との相性で見ると、「取るべき講座」と「不要な講座」は自然と見えてくる。

基準2:「復習可能時間」から逆算する

夏期講習1コマ(60〜90分)に対して、最低でも同じ時間の復習が必要だ。1日4コマ受ければ、復習にも4時間かかる計算になる。ここに食事・入浴・移動時間を加えると、6年生の場合は1日のキャパシティは講座4コマ+復習4時間が上限と考えるのが現実的だ。

1日の時間配分目安
塾の授業4コマ(約5〜6時間)
復習・宿題3〜4時間
食事・入浴・移動3時間
睡眠7〜8時間
自由時間・休息1〜2時間

この枠を超える講座数は「受けているだけ」になるリスクが高い。

基準3:「9月にやること」を先に決める

夏は通過点であり、9月以降の過去問演習期に何をやるかが合否を左右する。夏の講習を選ぶ前に、9月の第1週に何をやるかを先に決める。その準備として必要な単元だけを夏に強化すればいい。ゴールから逆算しない夏期講習は、ただの「忙しかった夏」で終わる。

費用対効果の現実──「削る」ことで浮く金額と時間

夏期講習の費用は6年生で15万〜25万円が相場で、オプション講座を全て加えると30万円を超えるケースもある。仮にオプション講座を2つ削れば3〜5万円が浮く。しかし、より重要なのは金額ではなく「浮いた時間」だ。

オプション講座2つ分は約20〜30時間に相当する。この時間を志望校の過去問分析や苦手単元の集中演習に充てれば、秋以降の伸びに直結する。朝5時に起きて過去問を分析するのが私の日課だが、家庭でもこの「分析の時間」を夏のうちに確保しておくことが、秋の飛躍を準備する。

よくある質問(FAQ)

Q1. 夏期講習を削ったら、周りに遅れを取りませんか?

A. 遅れを取るかどうかは「コマ数」ではなく「復習の定着度」で決まります。全コマ受けても復習が追いつかなければ、削って復習を徹底した子に9月の模試で抜かれるケースは珍しくありません。

Q2. 塾の先生に「全部取ってください」と言われました。断って大丈夫ですか?

A. 塾の立場として「取らなくていい」とは言いにくいのが実情です。「家庭の可処分時間を考えると全コマは復習が回らない。最低限必要な講座を教えてほしい」と具体的に相談すれば、多くの講師は優先順位を示してくれます。

Q3. 何年生から夏期講習の取捨選択を考えるべきですか?

A. 4〜5年生までは塾のカリキュラム通りに受講して問題ありません。取捨選択が重要になるのは6年生の夏からです。ただし、5年生でも復習が回っていない兆候(宿題が毎回深夜まで終わらない等)があれば、早めに講師と相談してください。

Q4. オプション講座の中で、優先度が高いものはどれですか?

A. 志望校の出題形式に直結する講座が最優先です。たとえば記述対策講座は、記述配点の高い学校を志望するなら必須ですが、選択肢中心の学校を志望するなら優先度は下がります。志望校の過去問を見てから判断してください。

Q5. 夏期講習を一部削った分、家庭教師や個別指導を入れるべきですか?

A. 「講座を削って別の指導を入れる」のは本末転倒です。削った時間は家庭学習(復習・過去問分析)に充てるのが原則です。ただし、特定の苦手科目がどうしても自学では克服できない場合に限り、ピンポイントで個別指導を入れるのは有効です。

まとめ──夏の「量」より秋の「質」を見据える

夏期講習を全コマ取ることで安心する気持ちは理解できる。しかし、合格した家庭の多くは「何を削るか」を先に決めていた。夏に量を詰め込むより、秋以降の過去問演習を見据えて「何をやらないか」を設計するほうが、結果として合格に近づく。

判断に迷ったら、まず志望校の過去問を開いてほしい。そこに答えがある。

参考文献

  • 西村則康「塾の夏期講習は全部受けなくてもいい」(PRESIDENT Online、2022年)
  • 中学受験情報局『かしこい塾の使い方』「夏期講習で偏差値5UPを達成するための夏の学習の進め方」
  • 東洋経済オンライン「中学受験の夏期講習、四谷大塚・早稲田アカデミー・日能研・SAPIXをどう選ぶ?」(2023年)
  • ダイヤモンド教育ラボ「中学受験の大手4大塾の年間費用(料金)を比較」(2025年)