FP相談でよく聞かれるのが「扶養を外れたら損しますか?」という質問だ。年収130万円の壁を意識してパート時間を調整している子育て世帯は多い。実は筆者自身、夫が長女出産後に時短勤務へ切り替えて年収が下がった時期、自分のパート収入を130万円ギリギリに抑えていた。目先の手取りを最大化する判断だと信じていた。

ところがExcel家計簿で5年間のキャッシュフローを並べてみたら、扶養を超えて年収160万円で働いたほうが貯蓄残高が上回る結果になった。教育費のピーク前に世帯収入を底上げしておく「助走期間」を逃していたことに気づいたときは、正直青ざめた。

2026年は年収の壁の制度が大きく動く年でもある。所得税の非課税ラインが178万円に拡大し、106万円の壁は10月に撤廃される。この記事では、扶養内・扶養外の損得を「今年の手取り」ではなく「5年後の貯蓄額」で比較し、子育て世帯が判断を間違えないためのシミュレーションと制度変更のポイントを整理する。

2026年「年収の壁」3つの変更点を30秒で整理

まず前提を押さえる。2026年は年収の壁に関わる制度が3つ同時に動く。

1つ目。所得税の非課税ラインが103万円から178万円に引き上げ(令和8年分から適用)。基礎控除と給与所得控除の合計が拡大されたことで、年収178万円までは所得税がかからなくなった。厚生労働省「年収の壁への対応」ページでも周知が進んでいる。

2つ目。106万円の壁が2026年10月に撤廃。これまで「月額賃金8.8万円以上」が社会保険の加入要件だったが、この賃金要件が削除される。撤廃後は「週20時間以上の勤務」が主な判定基準になる。つまり、時給が低くても週20時間以上働けば厚生年金に加入する流れだ。

3つ目。130万円の壁の判定が「契約ベース」に変更(2026年4月施行済み)。従来は残業代込みの見込み年収で扶養判定されていたが、労働条件通知書に記載された基本収入で判定されるようになった。繁忙期に残業が増えても、契約上の年収が130万円未満なら扶養を維持しやすくなっている。

扶養内130万円 vs 扶養外160万円「今年の手取り」だけなら扶養内が勝つ

多くの比較記事はここで終わる。年収130万円なら社会保険料の自己負担はゼロ、手取りは約126万円(所得税・住民税のみ控除)。年収160万円で社会保険に加入すると、厚生年金・健康保険・雇用保険で年間約24万円の負担が発生し、手取りは約134万円前後になる。

差額は約8万円。30万円多く稼いでいるのに、手取りの増分はたった8万円。「働き損」と呼ばれるゆえんだ。

ただ、この比較には決定的な欠陥がある。1年単位のスナップショットでしかない。

5年間のキャッシュフローで比較すると景色が変わる

筆者がExcel家計簿で実際に作った5年シミュレーションを簡略化して示す。前提条件は以下のとおり。

  • 夫の年収500万円(時短解除後)、妻パート
  • 子ども2人(小学生)、横浜市在住
  • 住宅ローン月9万円、生活費月22万円
  • 教育費積立は手取りの6%を先取り

パターンA:扶養内(年収128万円)を5年間継続

手取り年約124万円×5年=620万円。世帯の教育資金積立は月2.5万円が限界で、5年後の教育資金残高は約150万円。中学入学と塾代の立ち上がりで年間30万円以上の支出増が始まる時期に、積立ペースを上げる余力がない。

パターンB:扶養外(年収160万円)を5年間継続

手取り年約134万円×5年=670万円。社会保険料を払っても5年間の手取り合計はパターンAを50万円上回る。さらに世帯収入の増加分から教育資金積立を月3.5万円に引き上げられ、5年後の教育資金残高は約210万円。パターンAとの差は60万円に広がる。

結論から言うと家計の見直しが先、ではなくこの場合は「働き方の見直し」が先だった。うちの長女のとき実際に、この差を見て愕然とした。

手取りに表れない「見えないリターン」が3つある

5年シミュレーションにはまだ含まれていない利点がある。

将来の年金の上乗せ。厚生年金の報酬比例部分は「年収×加入年数×約0.55%」で概算できる。年収160万円で15年加入すれば、年間約13.2万円の年金が終身で上乗せされる。20年なら約17.6万円。老後の月1万円は大きい。

傷病手当金のセーフティネット。扶養内では健康保険の被扶養者なので傷病手当金の対象外だ。自分名義で社会保険に加入していれば、病気やケガで働けなくなったとき、給与の約3分の2が最長1年6カ月支給される。子育て世帯こそ、親が倒れたときの備えは軽視できない。

雇用保険の給付。失業した場合の基本手当(いわゆる失業保険)も、雇用保険に加入していなければ受けられない。扶養外で働く期間が長いほど、万一のときのセーフティネットが厚くなる。

これらを含めると、5年どころか10年・20年スパンでは扶養外のほうが圧倒的に有利になるケースが多い。FP相談1,500件の実績を振り返っても、「あのとき扶養を外れていれば」と後悔する声は教育費ピーク期に集中する。

それでも扶養内が合理的な3つのケース

全員が扶養を外れるべきだとは言わない。以下に該当するなら、扶養内に留まる判断にも合理性がある。

配偶者の会社に家族手当がある場合。企業によっては「配偶者の年収130万円未満」を条件に月1〜2万円の家族手当を支給している。年間12〜24万円のロスになるので、損益分岐点が大きくずれる。夫の給与明細か就業規則で必ず確認してほしい。

子どもが未就学児で労働時間の確保が難しい場合。保育園の時間や体調不良での呼び出しを考えると、週20時間以上の安定勤務が現実的でないケースもある。無理に時間を伸ばして家庭が回らなくなっては本末転倒だ。

5年以内に退職・転居の可能性が高い場合。厚生年金の上乗せは加入期間が長いほど効いてくる。1〜2年で辞める前提なら、社会保険料の負担分を回収しきれない可能性がある。

扶養を外れる前にやるべき3ステップ

ステップ1:夫の家族手当の有無を確認する。これだけで損益分岐点が年収10〜20万円ずれる。就業規則か給与明細の「手当」欄を見れば5分で終わる。

ステップ2:5年間のキャッシュフロー表を作る。Excel家計簿でもスマホの家計簿アプリでもいい。扶養内と扶養外の2パターンで、子どもの進学時期と重ねて貯蓄残高の推移を並べる。筆者はExcel家計簿に「扶養シミュレーションシート」を追加して、変動金利の住宅ローンとの複合シナリオも含めて5パターン試算している。

ステップ3:年収153万円以上を目指せる職場かを確認する。2026年6月時点の試算では、社会保険加入後に手取りが扶養内と同等以上になるのは年収153万円前後。ここを下回ると数年間は「手取り逆転」が起きる。今のパート先で時間を増やせるか、時給の高い職場に移るか、具体的な収入の見通しを立ててから動くこと。

FAQ

扶養を外れると「働き損」になる年収帯はどこですか?

2026年6月時点では、年収131万〜152万円前後が手取りベースで扶養内(年収130万円)を下回る可能性がある帯域です。年収153万円以上で手取りが逆転し始めます。ただし配偶者の家族手当がある場合は損益分岐点がさらに上がります。

2026年10月の106万円の壁撤廃で何が変わりますか?

月額賃金8.8万円以上という社会保険の加入要件が撤廃されます。撤廃後は週20時間以上勤務していれば、時給や月収に関係なく厚生年金・健康保険に加入します。年収100万円台前半でも社会保険料が発生するケースが増えるため、扶養内で働く場合は週20時間未満に抑える必要があります。

扶養を外れて厚生年金に加入すると将来の年金はいくら増えますか?

概算式は「年収×加入年数×約0.55%」です。年収160万円で10年加入なら年間約8.8万円、15年なら約13.2万円が老齢厚生年金に終身で上乗せされます。月額換算で約1,100円(15年なら約1,100円×12=13,200円/年)の積み上げですが、65歳以降何十年も受け取る終身給付なので生涯では大きな差になります。

夫婦で新NISAの目的を分けるのと扶養の判断は関係ありますか?

直接は関係しませんが、世帯の手取り総額が増えれば積立に回せる金額も増えます。筆者のFP相談では、扶養を外れて世帯手取りが年50万円増えた分のうち月2〜3万円を教育資金用の新NISAに回すケースが多く見られます。「稼ぎ方」と「貯め方」はセットで設計するのが鉄則です。

参考文献