毎日17時になると、僕はパソコンを閉じながら周囲にこう言っていた。
「すみません、お先に失礼します」
時短勤務で働いている以上、定時に帰るのは当たり前のこと。頭ではわかっている。でも、まだ仕事をしているメンバーの横を通り抜けるとき、どうしても「すみません」が口をついて出てしまう。
実際に育休取った身として言うと、この「すみません退勤」はボディブローのように効いてくる。最初の1週間は気にならなくても、1ヶ月、2ヶ月と続くうちに、自分が「迷惑をかけている存在」だという刷り込みが強くなっていくのだ。
「定時退勤=申し訳ない」が生まれる構造
SNSでも最近こんな投稿が話題になっていた。「育休の途中で期間限定復職してる若者が朝礼で『保育園のお迎えのため毎日定時で帰ります、すみません』と謝っていた」──そして投稿者はこう続ける。「謝る必要ない。定時なんやから」。
本当にその通りだと思う。でも、当事者になるとわかる。「謝らなくていい」と頭で理解していても、空気が謝らせるのだ。
僕の場合、時短復職してから最初の3ヶ月間、毎日「すみません」と言い続けていた。その理由を振り返ると、大きく3つあった。
- 周囲がまだ働いている「視覚的な罪悪感」──17時のオフィスはまだ活気がある。自分だけが帰る姿が目立つ
- 「時短=戦力外」という無意識の自己評価──上司から「思ったより仕事できるね」と言われたとき、期待値の低さを実感した
- 前例のなさ──男性で時短勤務を取っている社員が部署にいなかった。ロールモデルがないと、自分の行動が「正しいのかどうか」の判断基準がない
「謝らない退勤」に切り替えた日のこと
転機は復職3ヶ月目、妻との会話だった。
「今日も『すみません』って言って帰ってきたの?」と聞かれて、「うん」と答えた。妻は少し考えてからこう言った。「それ、息子が大きくなったとき、パパが毎日謝りながら帰ってきてたって知ったらどう思うかな」。
刺さった。僕は制度を使っているだけだ。制度を使うことに謝る必要はない。謝り続けることは、「この制度を使うことは迷惑なんだ」というメッセージを職場に定着させてしまう。後から時短を取る人にとっても、マイナスにしかならない。
翌日から、僕は「すみません」を「お疲れさまです」に変えた。たったそれだけのことだった。
変えてから起きた3つの変化
- 自分の罪悪感が薄れた──「お疲れさまです」は対等な挨拶。言うたびに「迷惑をかけている」という刷り込みが減った
- 周囲の反応が変わった──最初は少し驚かれたが、1週間もすると「お疲れ〜」と自然に返してくれるようになった。謝られると相手も「気を遣わせてるのかな」と居心地が悪かったらしい
- 後輩の女性社員が「私もそうします」と言ってくれた──時短勤務中の女性社員が、僕の変化を見て同じように切り替えた。小さな波及効果だった
復職面談で「制約を先に出す」のが鍵だった
上司にどう切り出したかなんですけど、僕は復職面談の時点で「17時以降のMTGには参加できません」と明確に伝えていた。曖昧にすると「この会議だけ……」が積み重なるリスクがあったからだ。
結果的に、上司からは「16時までに相談があれば遠慮なく声かけて」と協力的な反応をもらえた。制約を先に明示することで、上司は「どこまで頼めるか」の判断がしやすくなる。曖昧なまま走り出すと、お互いに探り合いが続いて疲弊する。
ここで大事なのは、制約の明示と「謝らない退勤」はセットだということ。面談で制約を伝えたのに、毎日「すみません」と言っていたら、メッセージが矛盾する。「制約があります、でもちゃんとやります」というスタンスを、言葉と態度の両方で示す必要がある。
2025年4月スタートの「育児時短就業給付金」を知っておく
時短勤務をめぐる制度面でも、大きな変化が起きている。2025年4月から「育児時短就業給付金」が新設された。
これは、2歳未満の子を養育するために時短勤務をしている雇用保険の被保険者に対して、時短勤務中に支払われた賃金の10%が給付される制度だ(出典:厚生労働省リーフレット)。
主な条件
- 2歳の誕生日の前日までの子を養育していること
- 時短就業開始日前2年間に、賃金支払基礎日数11日以上の完全月が12ヶ月以上あること
- 支給対象月に支払われた賃金が上限額(459,000円)を超えていないこと
たとえば時短勤務で月給が28万円になった場合、月2.8万円が追加で支給される計算になる。年間で約33.6万円。決して小さくない金額だ。
時短勤務のリアルは「給料が減る」ことへの不安との戦いでもある。この給付金の存在を知っているだけで、時短勤務という選択肢を取りやすくなる人は多いはずだ。
「期待値の低さ」を逆手に取る戦略
時短復職のリアルは、もうひとつの課題がある。「期待値が低い分、評価では得をするが、キャリア機会では損をする」というジレンマだ。
僕の場合、復職初日に上司から「思ったより仕事できるね」と本気で褒められた。同僚に聞いたら、男性の時短勤務への期待値が極端に低かったのだという。普通にやるだけで評価が上振れする──それ自体は悪くない。
しかし問題は、期待値が低いと「重要プロジェクトに声がかからない」こと。上司は配慮のつもりで負荷の軽い仕事を振っていた。これは以前の記事でも書いた「社内ロビイング」の話につながるが、謝らない退勤と同じロジックで「遠慮しない姿勢」を日常の中で見せることが重要だ。
具体的には、僕は月1回の1on1で「次の四半期で関わりたい案件」を必ず1つ挙げるルールを自分に課した。「企画フェーズだけでも入れませんか」のように、時短の制約内で貢献できる範囲を具体的に提案した。
朝6時起床のリアルなタイムラインと「謝らない」の関係
僕の朝はこうだ。6時起床、息子の朝食を準備して食べさせ、8時半までに保育園に送り届ける。そこから出社して、17時退勤。お迎えに行って、夜の家事をこなす。
このタイムラインは、復職初週に3回破綻した。子どものぐずりで朝のスケジュールが崩れ、妻と何度もタイムラインを改訂した。前夜に連絡帳を9割記入しておく、通勤前に10分のバッファを確保する──そうやって「v3」にたどり着くまでに約3ヶ月かかった。
朝のタイムラインが安定して初めて、夕方の「謝らない退勤」に余裕が生まれる。朝がバタバタだと、夕方には「今日はちゃんと仕事できただろうか」という不安が頭をよぎり、結果として「すみません」が出やすくなる。朝と夕方はつながっているのだ。
復職パパが「謝らない退勤」を実践するための3ステップ
最後に、僕の経験から「謝らない退勤」を始めるための具体的なステップをまとめておく。
ステップ1:復職面談で制約を「先出し」する
「17時以降は対応できない」「突発の残業は週1回まで」など、自分の制約を曖昧にせず明示する。上司は制約がわかれば、その範囲で調整してくれる。
ステップ2:「すみません」を「お疲れさまです」に置き換える
これは意識の問題ではなく、言葉の選択の問題だ。「すみません」を物理的に「お疲れさまです」に変えるだけでいい。意識を変えようとすると挫折するが、言葉を変えると意識があとからついてくる。
ステップ3:1on1で「やりたい仕事」を自分から言う
謝らない=遠慮しない。制約を伝えたうえで、やりたいことも伝える。「この部分なら時短でも成果を出せます」と切り分けて提案するのがコツだ。制約の明示と機会の獲得はセットで行うべきだと、僕は実体験から学んだ。
よくある質問(FAQ)
Q1. 「すみません」をやめたら、周囲から冷たくされませんか?
僕の経験では逆だった。「すみません」と言われ続けると、周囲も「気を遣わせて申し訳ない」と感じていたようだ。対等な挨拶に変えたことで、むしろ関係がフラットになった。ただし、前提として復職面談で制約を共有しておくことが重要だ。
Q2. 育児時短就業給付金は、男性も対象ですか?
もちろん対象だ。性別による制限はなく、2歳未満の子を養育するために時短勤務をしている雇用保険被保険者であれば申請できる。会社の人事部門やハローワークで確認しよう。
Q3. 上司が「時短なんだから無理しなくていいよ」と言ってくるが、キャリア機会が減っている気がする。どうすればいい?
上司の「無理しなくていいよ」は配慮だが、結果的にキャリア機会を奪っていることがある。1on1で「この案件の企画フェーズだけでも参加できませんか」と具体的に提案しよう。上司が判断しやすい粒度で伝えるのがポイントだ。
Q4. 妻(パートナー)が時短を取っている場合、夫婦でどう調整すべき?
「どちらが謝る役を引き受けるか」ではなく、「どちらも謝らなくていい環境を作る」のが理想だ。夫婦で制約と役割を見える化し、それぞれの職場で制約を明示することが第一歩になる。
Q5. 時短勤務は何歳まで使えるの?
育児・介護休業法では3歳未満の子を養育する労働者が対象だが、2025年10月の法改正により、3歳から小学校就学前の子を養育する従業員にも柔軟な働き方の措置が義務化された。会社独自の制度で小学校卒業まで延長しているケースもあるので、就業規則を確認しよう。




